今年も永々棟の春は恒例の「雛展」から始まりました。春は名のみの初旬には、雪がちらつく日があったかと思うと、ぽかぽかと春めく陽気が漂ったり、まさに三寒四温の気まぐれな春の気候にヤキモキしながらも、三月下旬からは桜もほころび始めました。
今年も少女たちの雛茶会が開かれ、たくさんのお客さまをおもてなししました。少女たちは年を追うごとに成長し、お点前もお運びも堂々たるもの。お菓子やお茶を出すタイミングも心得たもので、もはや立派な茶人ぶりです。さらに私が感心したのは、年長の子が年少の子を「そろそろ、お菓子盛り付けて」とか「あとふたり、お点て出しお願い」などと優しく後輩を促す姿。年少の少女たちは素直に黙々とたち働いていたこと。永々棟の「子ども茶道教室」で繰り広げられている子ども同士の活き活きとしたお稽古の様子や年齢や個性に合わせた先生たちの的確なご指導ぶりが目に浮かぶようでした。
永々棟の雛展は毎年、古文化会館所蔵の享保雛や次郎左衛門雛など古典雛を展示するのですが、今年は陽明文庫所蔵の銀の雛道具を目玉とし「雛さまとちっちゃなお道具 極まれるかわいさ」をテーマに愛らしくて精巧な雛道具がたくさん並びました。この雛道具は、徳川家斉の正室となった近衛家の姫君・茂姫さまのお道具だったとか。香道具・歌の本や巻物などの書物・化粧道具をそれぞれ収める三棚をはじめ、琵琶や琴、太鼓などの楽器、角盥(つのたらい)やお歯黒のお道具、泔杯(ゆするつき)、手拭架けや鏡台などの化粧道具から、文机や硯箱、筆などの文房具、膳や椀、櫃などの食器、台子荘の茶道具、貝桶などの遊具、そして挟箱や長持などの旅道具にいたるまでいずれのお道具にも徳川の葵紋が彫り込まれた見事なお品。江戸期の匠の技が光るお道具でした。
ところで陽明文庫とは、「この世をばわが世とぞ思う望月のかけたることもなしと思えば」と詠んだあの、藤原道長の日記『御堂関白記』など平安時代より伝わる近衛家伝来の宝物や資料を所蔵する資料館。その文庫長である名和修氏が三月二十日に「陽明文庫のひな道具」と題してご講演くださいました。陽明文庫の収蔵品はおよそ十万点ともいわれていますが、その膨大な資料が散逸するのを避けて、昭和十三年に時の首相であった近衛文麿が宇多野の現在地に資料館を建設し、公益財団法人としたのだそうです。つまり、このおびただしい宝物や美術品や資料はひとり近衛家だけのものではなく、日本の宝物なんだと・・・。その収蔵品には典籍や消息(手紙)、和歌や絵画、種々のお道具類など国宝や重要文化財の宝物を所蔵していますが、今回そのなかから、愛らしい雛道具をお貸しいただいたというわけ。永々棟の雛展にお越しいただいた人々は一様に感嘆の声をあげておられましたが、近衛の姫君・茂姫さまもどこかでこの様子をご覧になって「素敵でしょ」とちょっと得意になっておられるような、そんな典雅な気配も感じた永々棟の春でした。