五月、永々棟の庭の木々たちが新芽を吹かせて美しい新緑を競い合うようにその葉を風になびかせています。その風が室内を吹き抜け、まさしく薫風がこの邸に訪れたという気配。そんな爽やかな五月十四日の昼下がりから夕暮れまで、「源氏絵でたどる 源氏物語の世界」と題した催しが永々棟で開かれました。二階の二間続きの広間の障子を取っ払い、御簾を吊しての王朝風のしつらえで、御簾越しに見る新緑の美しさは一気に千年の時間を遡らせてくれました。一会の趣旨は高津古文化会館所蔵の源氏絵の屏風を拝見しながら、同館学芸部長の雨宮六途子先生の源氏物語のお話を聴くというもので、屏風には「源氏物語 五十四帖」の各場面が描かれています。この日は葵祭の前日ということもあって、もちろん講義のテーマは「葵」。正室・葵の上と光源氏の恋人の六条御休息所の「車争い」のお話に及びます。いつもながら雨宮先生のお話は「見てきたような」臨場感とちょっとお茶目な解説で会場を笑わせ、沸かせながら千年も昔の絵巻の世界へと聴く人をいざなうのです。
そのあと、新進気鋭の胡弓奏者・木場大輔さんの胡弓演奏。御簾越しに見る新緑を背に、凛々しくも美しい若きイケメン奏者の哀愁を帯びた胡弓の音色は、まことに贅沢で典雅なひととき。陽が落ちて暮れなずむに従って胡弓の音色がいっそう冴えて、聴く人の心鎮ませたに違いありません。
その余韻を噛み締めるように皆さまお抹茶とお菓子を味わっておられた様子。お菓子は十二単の袖口と見立てた別注で、銘を「いだしぎぬ」と付けました。その菓銘を聞いて、さらに感動をしてくださった方もおられ、典雅な祭りのプレリュードは終了しました。
明日、十五日は「葵祭」。五百人余りの祭りの行粧が御所の建礼門を出発し、十二単姿の斎王代を載せた腰輿(およよ)に従う典麗な女人列、かつて、光源氏が務めたという勅使一行、藤の花で飾った牛車などがゆるゆると進む王朝絵巻のごとき行列が下鴨神社、上賀茂神社に詣で、国家の安寧と五穀豊穣を神に祈る古式ゆかしいお祭りです。
暴風雨と大飢饉を鎮め、人々の安寧を祈るために始まったという葵祭の起源を想うにつけても、とりわけ今年の葵祭に深い感慨を覚えたのは私だけではなかったはずです。